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Maastricht

2012.07.31 Tuesday 22:15
15歳夏。
英語のスピーチコンテストの原稿を考えていた時にひらめいた、「日本語教師」という目標。
高校に入ってから、いくつも書かされた志望校調査の欄には、○○大学日本語学科という文字が連なっていた。


17歳春。
新しく副担任になった先生が、京都の大学の日本語学科出身だと聞く。
「日本語教師になりたいなら、私の母校もいいかもね。だって・・・・・・・・!!」
この時、初めてオランダの大学での1年間の教育実習プログラムを知った私。
それからというもの、海外の大学で1年間教育実習ができる日本語学科に絞ることにした。


紆余曲折を経ての、18歳冬。
京都外国語大学日本語学科進学を決める。
あの、ピアノの部屋で、一人で真剣に考えた末に出した結論。
18歳冬の、私の決意。








京都へ行って、留学試験に合格して、絶対私はオランダへ行く。







18歳春。
京都へ行く。そこで初めて出逢った、かけがえのない「じゃぱ語」の先生方、そして友だち。
入学当初から、オランダ留学のことしか頭になかった私。
第二外国語は、需要のある中国語やスペイン語ではなく、オランダ語。
そして、最高の出会い。
ベルギーに住んだ経験があり、共にオランダ留学を目指そうと約束した友だち。
結局、一緒に留学はできなかったものの、彼女は本当に私を支えてくれた。

そして、日本語教師を共に志す仲間との出会い。

衝撃的だったのは、やはり「実践日本語教育」という授業。
クラスメイト相手に、日本語の授業をするという内容。
初めて自分が授業をする番になり、それはそれはグループの友だちと意見を出し合って、遅くまで準備に励んだ。
前日、教案を出しに先生の研究室へ行って、言われた一言:「え?こんなことするの?まあでも、もう前日だから、変更きかないし、しょーがない。これでやれば?」
その日の夜は、涙がとまらなかった。
京都まで出て来て、オランダのことずっと夢見て来て、だけど私は1回生の最初の段階で躓いたのか・・・と思うと、悔しさと情けなさと絶望感とで、涙が止まらなかった。

次の日、教壇に立ち、20分の授業をした。
『みんなの日本語 第4課』 時刻の読み方。
すごろく形式で、学習者にどんどん時刻を言わせるという方法。
その後、先生からのコメントがあるはず・・・目も合わせられなかった・・・なんで先生、一言も話さないんだろう・・・何も言えないくらい、ひどい内容だったってことか・・・・・
落ち込む私が、ふと顔を上げると・・・・・







先生が泣いていた。







「ありがとう」と言ってくれた。
「学生さんが、こんなに一生懸命準備に取り組んでくれて・・・私は嬉しいです」と。
何が起きたのか、よく分からなかった。拍手だけが聞こえて来た。

それからは、より一層授業に真剣に取り組んだ。



20歳秋。
オランダ派遣留学生選抜試験。
英語の試験と、15分間の模擬授業。「〜ている導入」。なんていうテーマだ・・・!
2人の教授が学習者役になり、授業形式で行われる。
私が何を言っても、1人の先生は「ワカリマセン」しか言わなかった。
模擬授業の後、根本的な文法の間違いも指摘された。



オワッタ・・・・・・オランダ行ケナイ・・・・・・・・・



それしか頭に浮かんで来なかった。
教室を笑顔で退出後、目の前にあったソファに座り、泣き続けた。
一緒に試験を受けた友だちとスタバへ行き、泣き続けた。
そして、家に帰り、一晩中泣き続けた。



20歳冬。
オランダ派遣留学生選抜試験合格者発表。そこに、私の学籍番号があった。








あれから、5年。
がむしゃらに走り続けた。授業について、学生について、それだけに集中していた5年間。
日本語教師というものは、もう私にとって目標ではない。
「生き方」になったのだと思う。

多くの出会い。
多くの苦悩。
多くの葛藤。
多くの涙。
多くの喜び。
驚くほど多くのことを経験した、5年間。



1年で終わる予定だったオランダ生活が、まさか5年になるなんて、思ってもいなかった。
帰国直前、「必ず呼びますからね!」と言い、本当に私に仕事を与えてくれた先生方・学生のみんな。
忙しさで頭がいっぱいになり、焦って、心の余裕がなかった私を、いつも見放さずにいてくれた友だち。
ぽーんと送り出してくれた、家族。
そして、私の将来を応援してくれる同僚の先生方。

こんな素晴らしい方々に出逢い、多くの経験をさせていただけたことに、心から感謝しています。
恩返しできるよう、これからも精一杯走り続けようと心に誓いました。








マーストリヒトに来ることを決意したあの日から、8年。
あづさは、旅立ちます。
大きくなって、帰って来られるように。


ありがとう、マーストリヒト。Dankjewel, Maastricht.
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